人類本来の肌は「地黒」だった!弥生人が「色白」に進化した生き残り戦略
子どもの頃、夏休みに外で遊んだあと、あなたの肌はどのように日焼けしていましたか? すぐに小麦色になるタイプでしたか? それとも、赤くなって終わり、なかなか黒くならないタイプでしたか?
実は、人類の歴史において、もともとのベース(基本の形)は縄文人のような「日焼けに強く、地黒になりやすい肌」です。人類の祖先が誕生したアフリカや、縄文人が通ってきた温暖な南方ルートは紫外線が非常に強かったため、有害な光線から体を守るために、肌に天然の防護服である「メラニン色素」をたっぷり蓄える必要があったのです。
では、なぜ弥生人のルーツである人々は、真逆の「色白で、日に焼けると赤くなる肌」へと変化したのでしょうか?その理由は、彼らが暮らしたシベリアなどの「日照時間が極端に短い北方の地」にあります。
人間は、太陽の光(紫外線)を浴びることで、骨を丈夫にするために不可欠な「ビタミンD」を体内で合成しています。しかし、太陽がほとんど昇らない北国で、ベースのままの黒い肌(紫外線をブロックしてしまう肌)でいると、ビタミンDが全く作れなくなり、病気になって命を落としてしまう危険がありました。
そこで彼らは、数万年かけて環境に適応していきました。あえてメラニン色素を減らし、「わずかな太陽の光でも、効率よく体内でビタミンDを吸収・合成できる色白の肌構造」へと新しく進化させたのです。
一方、日本列島の大自然の中で豊かな太陽の恵みを浴びていた縄文人は、その変化を必要としなかったため、人類本来の「紫外線に強いタフな小麦色の肌」を保ち続けました。
子どもの頃の日焼けの反応は、祖先たちが「太陽の強い光から命を守ってきた縄文人」なのか、それとも「光の少ない北国で命の光をかき集めてきた弥生人」なのかという、生き残りをかけた環境適応の記憶なのです。
